萌尽狼グ

音系同人サークルASIA LUNAR代表、萌尽狼(もえつきろ)の個人ブログ

ゲームミュージックとジャズの関係について


ピアコンI

ピアコンI

ピアコンII

ピアコンII


『ピアコンI』は沙羅曼蛇のアレンジが入っているので買ったんだけど、どの曲もアレンジが良くて聴きやすく愛聴盤のひとつとなっている。
ひとことでジャズといってもプレイスタイルはさまざまで、→Pia-no-jaC←とか知ってる人なら受け入れやすいかもしれない。
ファイナルファンタジーIIオホーツクに消ゆのアレンジは落ち着いていて、かつて日本ファルコムが出した『プレプリマ』を彷彿とさせる。つまり眠くなる。
『ピアコンII』にはファンタジーゾーン悪魔城ドラキュラが入っているのだけど未聴。


公式:http://www.dogearrecords.com/pia-com/pia-com1



ジャズは、ピアノやギターが電化したり、録音技術が発達したり、他のジャンルの音楽と混ざり合うことでジャンルが細分化していった。


例えば、僕が好きなジョン・マクラフリンは、電化マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』というアルバムで頭角を現したギタリストだ。
彼はマハヴィシュヌ・オーケストラ名義で「ジャズ・ロック」という、後の「フュージョン」につながる、ジャズとロックとクラシックが融合したジャンルの音楽で一世を風靡した。
「ジャズ・ロック」というジャンルは、当時の「ハードロック」や「プログレッシブ・ロック」とも密接なつながりをもっていて、実際僕もマハヴィシュヌ・オーケストラプログレだと思って聴いていた。
マハヴィシュヌ・オーケストラは何度かメンバーチェンジを繰り返し、演奏するジャンルも現在のフュージョンに変容していった。その間にジョン・マクラフリンは別名義シャクティでインド音楽に傾倒している。
マハヴィシュヌ・オーケストラの音楽性は、コナミ矩形波倶楽部泉陸奥彦らが手がけた『メタモルフィックフォース』というアクションゲームのサウンドに影響し、僕はそのライナーノーツを読むことでルーツをたどったのだった。




泉陸奥彦ギターフリークスで有名になったが、コナミ入社前からプログレバンドで活躍していた人だ。MSXスナッチャー、SDスナッチャーメタルギア2 ソリッド・スネークなどを手がけた。
松原健一はファミコンディスクシステムのドラキュラIIで「血の涙」という名曲を作った人で、シューティングゲームではグラディウスII、トライゴン、クライシスフォースなどを手がけた。


コナミ矩形波倶楽部には悪魔城ドラキュラや出たな!!以降のツインビーシリーズなど、クラシックやオーケストレーションのすばらしい楽曲も多く、プログレのジャンルの成り立ちを考えても、コナミ矩形波倶楽部の音楽性をプログレと定義することは的確であると思う。
しかしながら、ライブなど表立った活動はギターの古川もとあきをリーダーとしたフュージョンバンド「矩形波倶楽部」(注:コナミのサウンドチームを総称するコナミ矩形波倶楽部とは区別される)に代表され、コナミゲームミュージックフュージョンという図式がいまだ根強い。



ゲームミュージックというレコードが世に出た経緯を紐解けば、細野晴臣ゼビウスを出したのが最初で、その細野晴臣YMOでインベーダーやサーカス(黎明期のビデオゲーム)の音を楽曲に取り入れている。
YMOは「テクノ・ポップ」や「ニューウェーブ」といったジャンル分けをされるが、初期はフュージョンにディスコ・サウンドを取り入れた音楽性を指向していた。
話は前後するが、細野晴臣ゼビウスを出したアルファレコードにG.M.O.レコードというレーベルが出来て、そこからアウトランが発売された。
つまり、当時のフュージョンブームとゲームミュージックは非常に近しい関係であったというところを見逃してはいけない。


日本ではザ・スクェア(後にサックスの伊東たけし本田雅人とメンバーチェンジするタイミングでT-SQUAREに改名)の「TRUTH」のヒットにより1990年代もフュージョンブームが続くが、世界的に見れば商業的には下降線。
ゲームミュージックも、プレイステーションセガサターンの登場によりゲームがCD-ROMに移行した時期に音楽的なトレンドも変化していくことになる。