『チップチューンのすべて All About Chiptune』読了
チップチューンのすべて All About Chiptune: ゲーム機から生まれた新しい音楽
- 作者: 田中治久(hally)
- 出版社/メーカー: 誠文堂新光社
- 発売日: 2017/05/11
- メディア: 単行本
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昨日hallyさんの『チップチューンのすべて』を約3日かけて読了しました。感想をひとことで言うなら「熱量」でしょう。hallyさんの語り口にはクセがある(個人の感想です)のですが、本書ではそれが遺憾なく発揮されているという印象を受けます。
しかしながら読後感はあまりスッキリしたものではありませんでした。なぜなら『チップチューンのすべて』の中に私の居場所を見つけることができなかったからです。
以下の文章は、先日アップロードした動画『萌尽狼のチップチューンのすべて All About Moetsukiro's Chiptune』とあわせてご覧いただければと思います。
§1 私とチップチューン
打ち込みで音楽を作り始めた頃からチップ音源を使っていて、なおかつ実際にゲーム開発現場でチップ音源の使用経験もあるのですが、なぜだかチップチューンから疎外されている気がして、『チップチューンのすべて』にも自分の居場所が見出だせません。
私の音楽はチップの何なんでしょうか?
1-1 ゲームボーイのサウンド開発経験について
私はバンタン電脳情報学院ゲームサウンド科を卒業後、約1年間という短い期間でしたが、Studio MAOというフリーランサーのもとで、ゲームボーイのMMLコンバート作業のアシスタントをしていました。
MAOさんがGM音源の仮音色で作曲したMIDIデータを、ソフトでMMLにコンバートするのですが、そのままではゲームボーイで使えないので、テキストエディタで整形して、5インチフロッピーディスクに保存し、開発機(富士通FMR)でロードしてゲームボーイ実機でデバッグするという作業です。
作業ペースはタイトで、MAOさんが30分で作曲したものを30分でデバッグして、1時間で1曲、ものの数日で1タイトル完パケするというものでした。中には即日完パケという案件もあり、MAOさんには1日30曲作曲したという武勇伝もありました。
このため開発環境にはあらかじめ汎用的なプリセット音色が用意されており、MAOさんが一人で担当した『サクラ大戦GB』などの一部をのぞいて音色をいじることはありませんでした。『サクラ大戦GB』は田中公平先生からもお墨付きを頂いたそうです。
デバッグ用のゲームボーイは液晶が壊れていてほとんど映らない状態でしたが、基板がFMRと直結されていたので交換することができず、キー操作を覚えて画面を見ずにデバッグしていました。また5インチフロッピードライブも壊れやすく、秋葉原でも入手困難になっていました。
私の商業デビュー作はゲームボーイカラーの『ラブひなポケット』なのですが、これはたまたまMAOさんが煮詰まっていて、作曲をやらせてもらったら3曲採用されたというもので、MMLコンバートはMAOさんがやったので音域外のベースには修正が入っています。
そして私がコンバートしたMAOさんの曲は『グラディウス』の空中戦よろしく、ループするごとにベースが少しずつズレていくというバグを出してしまいます。最終チェックしたMAOさんも首を傾げていましたが、下請けなのでゲームが発売されるまでモノを確認できず、またロムカートリッジなので修正パッチを当てることもできないのでどうしようもありませんでした。
2000年のクリスマス商戦ではゲームボーイカラーの発売タイトルのほとんどがStudio MAO製という状況でしたが、ゲームボーイアドバンスからは開発環境が各社共通のミドルウェアに移行したこともあり、ゲームボーイ開発機はお払い箱となってしまいました。
また、同時期にWitchの『Milkyway』がヒットし、Studio MAOはコンシューマーからアダルトゲームへと軸足を移していきました。しかしStudio MAOとWitchの蜜月関係は長くは続かず、『いちご打』から主題歌はUNDER17※が、『Milkyway3』の音楽はBlasterheadが担当することになります。
※UNDER17の桃井はるこさんのレギュラー番組『D's Garage 21』から生まれたゲーム『たねをまく鳥』の音楽をStudio MAOが担当していたりします。
1-2 ゲームボーイサウンドフォントは開発機のプリセット音色から誕生した
そうして現役を退いたゲームボーイ開発機からサンプリングしたプリセット音色で作成したのが、2003年冬コミの『ちがうの!ライクじゃないんだよーっ』で使用した、ゲームボーイサウンドフォントの最初のバージョンでした。
ゲームボーイサウンドフォントは2007年12月18日に公開した「DMG-CPU.SF2」ではポケットカメラから、2012年3月17日に公開した「DMG-CPU1.5.SF2」ではGBMC (GameBoy Music Compiler)から自作音色をサンプリングして増補してきました。
波形メモリ音色はファミコン三角波、VRC6、GXSCCから目コピーしたものでありオリジナルではありませんが、拙作ゲームボーイサウンドフォントの音色はいずれも既存のゲーム音楽からリッピングしたものではないのです。
現状「ゲームボーイサウンドフォント」で検索すると国内では拙作ゲームボーイサウンドフォントが多数を占めますが、海外では既存ゲーム音楽からリッピングしたサウンドフォントが多数を占める状況となっています。そのため、拙作ゲームボーイサウンドフォントも既存ゲーム音楽からリッピングしたサウンドフォントであると思われているのではないかと危惧しています。
結果論からいえば拙作ゲームボーイサウンドフォントもStudio MAOが音楽制作した多数の既存ゲーム音楽からリッピングしたサウンドフォントであることには変わりないのでしょうが、誕生の経緯からそうではないのだとアイデンティティーを主張しておきます。
ゲームボーイサウンドフォントのウェブサイトで解説しているMIDIデータ作成方法はStudio MAOでのデータコンバート経験に基づくものであり、ゲームボーイサウンドフォントはゲームボーイサウンド開発環境のエミュレーションであると言えます。
ゲームボーイサウンドフォントには、開発現場で感じたGM音源の仮音色で作曲してからゲームボーイ実機で確認するまでのタイムラグや、GM音源と実機では音色や音量バランスに差がありすぎてMIDIデータでディレイなどを作り込んでもMMLで再度バランス調整が必要だったことへの不満から、当時これがあれば便利だったろうにという思いも、制作意図として込められているのです。
なお、補足しますと2000年当時ゲームボーイの非公式なエミュレーターはあったわけですが、現場では既に作業手順が確立されていたということもありますし、コンプライアンスの問題もありますのでそうしたエミュレーターは使われていなかったわけです。
ですから現場でその必要性を感じた時にすぐに作ることはできなかったけれど、ゲームボーイ用の作曲補助ツールとしてのエミュレーターには、確立された作業手順に入り込める余地を考えるとサウンドフォントにするのが最適解だったのです。
このように拙作ゲームボーイサウンドフォントには自身のゲームボーイサウンド開発経験が活かされており、当初からチップチューンを量産するための音色ライブラリとして誕生しているのです。
1-3 私の同人活動とチップチューン
私の同人活動はEDIA LABELの旗揚げ当初から、カヴァーとオリジナル、MIDI音源とチップ音源の両輪で進んできました。2007年にサークル名をASIA LUNARに変更するとき、オリジナルにしぼろうとしたのですが、当時『トリガーハート・エグゼリカ』にハマっていたこともあってなかなかカヴァーから足を洗うことができないまま今日に至っています。
中学の頃にファミコンディスクシステムの『オトッキー』とスーパーファミコンの『デザエモン』で打ち込みを始めて、高校からPC-9821CanBeの内蔵FM音源からDTMを始めてその年の夏にはカシオのDTMパッケージ『日曜音楽』でMIDI音源GZ-50Mを入手しています。オリジナル曲はDTMを始める少し前から作るようになってきますが、音楽理論をきちんと覚えるのは上京後になります。
私を同人即売会へ誘ってくださったのは、『プロジェクト・イース』などの仮想サントラを作っていたmushi.netのMIDI虫さんでした。当時私は食にこだわるYMOパロディー『Yoghurt Mousse (YoM)』としてインディーズレーベルcosmic tuneと契約するところまで行ったのですがアルバム2枚で活動休止してしまったので、同人活動では『グラディウス』や『ツインビー』の仮想続編サントラ制作が中心になっていました。
コナミは1992年にアーケードでSCC(波形メモリ音源)を使った『ヘクシオン』という六角形のテトリスを出しているのですが、時を同じくしてアーケードではアメコミばかりで『極上パロディウス』までの間シューティングゲームを出さなくなります。
この間アイレムは『R-TYPE LEO』、タイトーは『レイフォース』を出しているのですが、もしこれらの対抗馬としてコナミがSCCを使ったシューティングゲームを出していたらどうなるかを妄想して、もうひとつの沙羅曼蛇2として仮想サントラ『0th4th:revive(ゼロスフォース:リヴァイヴ)』を作り始めます。
この作品でGXSCCとMIDI音源をサンプリングしてミックスして使うようになり、私のPSG系チップチューン活動がスタートします。その後作成したゲームボーイサウンドフォントでは、ゲームボーイアドバンス版雷電風仮想サントラ『蕾電伝説(つぼみでんでんせつ)』を制作しています。
M3-2005春にそれまでゲームボーイサウンドフォントでカヴァーしたゲーム音楽をまとめた『ふぉ~ぽりふぉにっくまじっく』を頒布し、またサークルFMPSGメンバーとして活動開始します。チップチューンというジャンルを意識し始めたのはこの頃からでした。
ただ、チップチューンが示す本来の音楽ジャンルのアーティストは、M3でジャケ買いしたKIZAN518さんくらいしか知らない状態が今の今まで続いていて、私自身の音楽性もレトロゲーム風のままアップデートされていないため、同じチップチューンでありながら彼我がまったく交わらない状態にあるというのが、ひとつの悩みであるといえます。
1-4 「チップチューン」は「チップをチューンしたチューン」なのか?
「チップチューン」の「チューン」は「曲、メロディー」という意味ですが、日本語では「チューニング(調律)」や「チューンナップ(調整)」のように「チューン」は「調」という意味でとらえられがちではないでしょうか?
「チップチューン」は「チップをチューンしたチューン」というダブルミーニングだと私はずっと思っていました。「チップをチューン(ナップ)したチューン(曲)」なので、実機派はチューンナップしてるからチップチューンを名乗れて、チップスタイル派はチューンナップしてないからチップチューンではないと仲間はずれにされるのだと。
でも私の場合はサンプリング時点でチューンナップしていますから仲間はずれにされるのは心外なのです。そこでチューンナップ済みのチップチューンという意味で「チューンド・チップミュージック」というジャンルを考えたこともあったのですが、どうやら「チップチューン」と「チップミュージック」はややニュアンスの異なるジャンルであるようですね。かといって自ら「フェイクビット」という蔑称を名乗るのもおかしな話です。
私の音楽はチップの何なんでしょうか?
§2 チップチューンとは無縁のMIDIデータをチップの音で再生するという文化
『チップチューンのすべて』によればトラッカーやリッピングによってインターネット上にチップチューンの膨大な楽曲ライブラリがまとめられているそうですが、チップチューンとは無縁のMIDIデータをチップの音で再生するソフトやWebサービスを使えば、そのライブラリは無限に広がるということを見逃してはいけません。
以下は私の知りうる限りの一例です。
2-1 GXSCC
http://www.geocities.jp/gashisoftweb/P/GXSCCB223/index.htm
がしそふとのMIDIプレーヤー『GXSCC』は、MSXのPSG、SCC、OPLLをエミュレーションしたソフトウェア音源をもち、GM/GSフォーマットに対応した最大32チャンネルのMIDIデータをPSG系またはFM音源で再生できるというフリーウェアです。
バージョンにもよりますがGXSCCの波形メモリ音色は約30種類しかなく、これに軽くアタックの強弱を付けたものをGMの128音色に割り当てることで既存のMIDIデータを強制的にチップの音に変換しているのです(ファミコン風の音色モードもあります)。
あくまでMIDIプレーヤーであるため、GM音色のどれがどの波形で再生されるかはマニュアル化されておらず、GXSCC用のMIDIデータを作成するには分析が必要になりますが、それでもGXSCCでMIDIデータを作成して同人音楽CDを作った人は私以外にもいます。
当時手軽なチップチューン制作方法としてTSSCP (TSS Clipboard Player)が知られていましたが、MMLが苦手な人はChip32やMagical 8bit PlugといったVSTインストゥルメントが普及するまでGXSCCを愛好する人が多かったように思います。
ただ、GXSCCはインターネット上から適当に拾ってきたMIDIデータをドラッグアンドドロップするだけでチップチューンとして楽しめることに最大の特徴があります。同様にMIDIデータをFM音源で再生できるフリーウェアがfmmidiなどいくつかありますが、特定の音源チップをエミュレーションしたものということになるとGXSCCくらいしかありません。
2-2 SMF to MP3 with ぼーか郎
http://noike.info/~kenzi/cgi-bin/smf2mp3/
野池賢二さんの『SMF to MP3 with ぼーか郎』はMIDIデータをMP3に変換するWebサービスです。音色はいくつか選択できますが、その中に拙作ゲームボーイサウンドフォントが含まれており、MIDIデータをゲームボーイ音源の音に変換することができます。
ゲームボーイサウンドフォントには1チャンネルで和音が鳴らないような設定をしてあるので、インターネット上から適当に拾ってきたMIDIデータをただコンバートするだけではうまく鳴らないはずです。そのため手軽さの面ではGXSCCに劣ります。
しかし興味深いのが「自動作曲システム Orpheus(オルフェウス)」との組み合わせです。自動作曲ですから、作曲することができない人でもチップチューンを作ることができるのです。これには私も驚きました。
ゲームボーイサウンドフォントユーザーは動画説明で使っていることを書いてくれる人が多いので助かりますが、『SMF to MP3 with ぼーか郎』の場合はそれとは知らずに使っている人が多いため、私も把握できないシーンがあるものと思われます。
2-3 Picotune
http://picotune.me/
2017年1月14日にサービスインしたMIDIデータ共有サイト。MIDIデータをアップロードするとピアノロールが表示され、WebAudio APIの単純波形で再生できるというもので、オンラインで共有できるMIDIデータはオリジナルのものに限られますが、ローカルで使うこともできます。アップロードされているMIDIデータにはいいねを付けることができ、Twitterで共有することもできます。
GXSCCのオンライン版ともいうべきWebサービスですが、特定の音源チップをエミュレーションしたものではないという点が大きく異なります。発音数にしばりがないため、チップスタイル派の中でもゴージャスに鳴る曲が多く集まっているのが特徴です。
§3 1音チップチューンから見た『チップチューンのすべて』
7月6日放送の『とびだせ!スーパースィープ!!』でhallyさんが「PSG以前の1音しか鳴ってないマシンっていうのは、すっごい敷居が高いんですよね」と発言していたのを見たのがきっかけで作り始めることになったモノフォニック・チップチューン・アルバム『禁重音狂奏曲』。私のチップチューンがどうであるかを差し置いても、1音チップチューンについてどれくらい突っ込んだことが書かれているかについては注目せざるを得ませんでした。
『チップチューンのすべて』には黎明期のコンピューター音楽が単音であったこと、しかしながら音楽専用プログラム言語MUSICなど早くから多重和音で演奏できるものもあったこと、単音でもシーンと呼べるものは8ビットパソコンのZX Spectrumまではあったことなどが詳細に記されています。
その一方で、カセットビジョンやポケモンミニといったシーンなき音源についてはなんら記述がありません。スーパーカセットビジョンの矩形波3音+ノイズ1音を合成した1音を出力する音源は、アタリのTIAの影響下にあることは明白ですがもっと詳しく知りたかったところです。
『チップチューンのすべて』はシーンに重きが置かれているから、シーンがない(そのためゲーム音楽しかない)チップについては黙殺されている傾向があって、その最たるものが1音という印象を受けます。また、シーンがないということは誰の研究対象にもならず未開の地であるということも暗示しています。
スーパーカセットビジョン、ビジュアルメモリ、ポケモンミニ(私が1音ゲーム機三銃士と勝手に呼んでいる)にはそれぞれ自作環境があり、国内外にデベロッパーも存在しているのですが、チップチューン的見地からはまったく担い手がいない状態とも言えるでしょう。
私はZX Spectrumまでの歴史を知らずに今回1音チップチューンのアルバムを作ってしまったので、そういった意味ではチップチューン界隈において本当に手付かずの分野にポンと飛び込んでしまったんだな、ということを再認識したというのが、この本を今このタイミングで読んでよかったなと思えることでした。